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 配膳用エレベーターから抜け出て、先生の後をついて少し廊下を歩いて行って招き入れられた部屋は、僕の部屋の二倍くらいの広さがあった。
「ここは僕の部屋だから。とりあえず、そこのソファーにでも座って」
と先生に言われて明日の着替えを抱えたまま、僕は黒革のソファーに腰掛けた。
 しばらくして、
「どうぞ」
とテーブルの上に柿右衛門のカップ&ソーサー置かれてびびった。
 こんな何十万もする物を普段使いしてるわけ?
 持っていても普段は食器棚の中に飾って置かれる物だと思っていたから、手に取るのはためらわれた。
「うっかり落として割ったりしても怒らないから、どうぞ」
とソファーの右隣の椅子に座った先生は、僕の様子をながめてクスクス笑いながら再度勧めてきた。
 恐る恐る手に取ってティーカップに口をつけたら紅茶じゃなかった。
 香りからして違うのはわかっていたけど、これは何?
「カモミールティー。ハーブティーは、圭ちゃん、初めて?」
「はい」
「これは気持ちを穏やかにして眠りやすくしてくれるから、寝る前はコーヒーや紅茶よりいいんですよ」
と言われて初めて飲むカモミールティーとかいうものを飲んだ。
 苦味はなくまろやかだけど独特の風味は優しい印象。
 一瞬浮かぶりんごのイメージ。
 嫌いではない。
 一度カップを置いたら、
「圭ちゃん、わりといいとこのお家の子でしょう?」
と先生に問いかけられて、
「そんなことないです」
と僕は否定した。
「それの価値を知らない人は平気で口をつけるのに、圭ちゃんはカップの絵柄を見て手に取るのもためらった。圭ちゃんみたいな若い子は自分でブランドの一つとして日本陶芸に手は出さないから、こういう物を所持しているようなお家の子なんでしょう?」
「……」
 先生にそう訊ねられて僕は黙り込んだまま唇噛みしめてうつむいてしまった。
 先生の言う通り、実家にはこういった高価な陶芸品の類はあった。
 でも、それはショーケースのようにお客様に見せびらかすための食器棚の中の飾り物でしかなくて、子供は触れることを許されなかった物。
「まあ、そんなことはどうでもいいことだから、答えたくなければ答えなくていいよ」
と言う先生の台詞に「それなら聞かないで下さい」と僕は心の中で抗議した。
 臆病者の僕には声に出して言えないけど……。
「なんで圭ちゃんをここに呼んだかというとね、昼間のレッスンだけじゃ間に合わなさそうだからなんだ。で、今夜から僕と一緒に寝てもらうことにしたから」
「え?」
「水揚げ前にまともに社交ダンス踊れるくらい僕とくっついても平気になってもらわないと……レイプみたいな無理矢理な水揚げされたらキツイと思うし……」
という先生の台詞にビクリと反応してしまった。
「先生、実は……」
 僕は初めてじゃないことを正直に言うつもりだった。
 でも、
「言う必要ありませんから。本当に初めてかどうかなんて…ドールとして初めてお客を取ることを形式上『水揚げ』と呼んでいるだけですから」
 そう言いながら僕の目をじっと見つめてきた先生の目は、言葉以上のことを伝えてきた。
 確かに先生の目は「わかっているから言うな」と言っていた。
 たぶん、先生は僕がどんな目にあったのかを察している。
 下唇をギュッと噛み締めて我慢していたのに、こらえきれずに僕の目からは涙がこぼれ落ちてしまった。
「飲みなさい」
と下げられたカップの代わりに置かれたグラスの中身を確認することなく一気に飲んだ。
 オレンジジュース?
 次々出されたそれを僕は泣きながら飲み干した。
 そのうち先生のブルーのパジャマの袖がうねりだし、僕の意識は途切れた。(続く)



【参考までに】
薫先生が圭ちゃんに紅茶入れてくれたカップ
薫先生はこういうカップ&ソーサーで圭ちゃんにカモミールティーを飲ませました(笑)


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