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絵本をひとりで読む幼児

 家族の食卓の場も、給食は残さず食べて当たり前というあのお昼の教室の雰囲気も、息が詰まりそうだった。

 あたしの子供の頃は、好き嫌いはしてはいけないという風潮が、家庭内でも学校内でも強い時代だったから。

 偏食は「罪悪」と言わんばかりの周囲の態度に、あたしは段々追い詰められていった。

 偏食の激しかったあたしには、リラックスして食べ物を口の中やら胃の中へと詰め込められるような環境じゃなかったのだ、あの食卓は……。

 家ではあたしが小さい頃から、

「食わず嫌いはダメ!とりあえず食べてみなさい!!」

と母が威圧的な態度でもってあたしが嫌いな物を無理矢理食べさせようとした。

 頭を抑えつけられ無理矢理口の中に大嫌いなレタスを捻じ込まれた時は苦しくて涙が出た。

 生理的嫌悪感を感じるその葉っぱは、おぞましくて噛みたくはなかったし、吐き出してしまいたかったけど、もっと母に怒られて殴られるのが嫌で、青臭いいやな臭いと味のするその葉っぱをあたしは泣く泣くうえっと吐きそうになりながらも飲み込んだ。

 あれが決定的に家庭内の食卓が苦痛の場に変わった瞬間だった。

 あたしには、あれは拷問でしかなかった。

 家庭内の家族そろった夕食の時間は、あたしにとっては拷問の時間だった。

 全部食べるまで「ごちそうさま」をさせてもらえなかった時期は、見たいテレビも見させてもらえなかった。

 母の堪忍袋の緒が切れたあたりから、

「嫌なら食べるな!早く寝れ!!」

と食事の途中で母が怒鳴るようになってからはそれは終わったけど……。

 母にそう怒鳴られた日は、ほとんど夕食に手をつけずに、早々とあたしは自分のベッドの中へと逃げ込んだ。

 だけど、食事の場が苦痛だったのには、もう一つ理由があって、それはあたしのお箸の持ち方がおかしかったからだった。

 小豆を正しい箸の持ち方で一粒ずつつまんでお皿からお皿に移動させる練習なんかもさせられた。

 けれども、あたしは正しい箸の持ち方では小豆一粒つまむことも出来なくて、母が目を離した隙にいつもの持ち慣れた自分のおかしな箸の持ち方でひょひょいのひょいと小豆をつまんで違うお皿に移し替えてしまった。

 結局、正しい箸使いではまともに食事が出来ないあたしの惨状を見た母は、あたしのズルに気づいてものすごく怒ったし、頭を拳で殴ったりもした。

 母があたしを殴る時は鬼気迫るものがある。

 その形相も声色も本当に鬼のようで怖かった。

 今でも母が拳を振りかざしただけでも身がすくむし、とっさに条件反射で頭を庇う体勢を取ってしまう。

 母は必ず頭を殴るからだ。

 年子で生まれた妹二人は、好き嫌いも少なく箸使いも上手で、

「おねえちゃん、ダメねぇ」

とあたしが台所でお箸の使い方の練習をしているとバカにしにやってきた。

「お姉ちゃんなんだから、ちゃんと出来ないと恥ずかしいでしょ!」

といったものいいを母はよくした。

 長女のあたしは食事に関することでは姉妹の中で一番出来が悪かったものだから、

『お姉ちゃんなのに、ちゃんと出来ないのは恥ずかしいことなのだ』

というコンプレックスの刷り込みを母と妹たちによってされていった。

 二、三歳くらいから絵本を一人ですらすら読めるようになっていたことを、あたしは母に褒めてもらった記憶はまるでないのだけれども、あの食卓で母に怒鳴られ殴られた記憶は山ほどある。

 あたしは、たぶん、三歳になる前からの記憶を持っている。

 末の妹が生まれて、母が赤ちゃんを抱いて家に帰って来た時の光景を、今でもあたしは覚えているから…それは、あたしが二歳八ヶ月の時の記憶。

 あの時、あたしは古い家の居間の長い煙突のついた古臭い薪ストーブの前に座っていた。

 みんなそれくらいから記憶があるものとあたしは思っていたのだけれども、末の妹が、

「わたし、小学校くらいまでのことなんかほとんど覚えてないよ」

と何かの際に言ったのを聞いてひどく驚いた。

 だって、こっちはわがままな末の妹に振り回されて、小学生の時にはずいぶんと嫌な思いもしたのである。

 あれを覚えてないと言われた日には、妹の代わりに母や先生に怒られたりもした姉のあたしは怒られ損だ。

 学校の帰り道、癇癪起こしてランドセルをその場に投げ捨て、

「らんねえちゃん、うちにそり取りに帰って迎えに来て!さっちゃん(妹一号)は、一緒にいるの!!」

と当然のようにわがままを言う末の妹は、てんで言うこと聞かなくて、帰りが遅くなるとあたしが代表責任でもって母に怒られるため、仕方なく真冬の雪道をあたしは一人先に帰って、そりを引いて妹たちの待っている場所まで迎えに行ったりもした。

 何度、冬の間、学校から家まで片道徒歩30分の道のりを一往復半して、末の妹をそりに乗せて引いて帰ったことやら……それを覚えていないと言われた日には、かな~り納得いかないものがあった。

 理不尽なおもいをしたあたしは全部覚えているのに、数々のわがままし放題やら悪行の類いを一切覚えていない末の妹…我が妹ながら、なんとも幸せなやつである。

 普通は、大人になった時にいくつくらいからの記憶が残っているものなのかはあたしは知らない。

 けれども、幼少時の嫌な思い出を忘れずにたくさん覚えているあたしは、もしかしたら自分で自分を不幸せにしているのかもしれない。(続く)

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