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シンセサイザー

小学生の頃、あたしは悩んでいた。

「死にたい」

じゃなくて、

「どうして生きていなくちゃいけないんだろう?」

って。

 あたしには、生きていることの意味だの、命の尊さなんかはわからなかったから。

 既に厭世的思想に取り憑かれ、人ではない者になりたいとさえ思うようになっていた。

「人間なんて」

と思い、自分自身も嫌悪して、人間ではない者になりたくなっていた。

 その頃のあたしの友達は、本の中のお化けや妖怪たちだけで、家庭の食卓はほとんど地獄だったから。

「大嫌いな生野菜を無理矢理口こじ開けて食べさせられるくらいなら、人肉食らう方がまだマシだ!」

と本気で思った。

 人として生きているのが苦しくなっていた小学生のあたしは、人ではない存在に惹かれていった。

 けれども、祖母に、

『人間なんて』

と書き連ねた詩をうっかり見られてしまった時には、あたしは動揺した。

 あたしは、自分を恥じた。

 あれは、祖母にだけは見られたくなかったものだったから……。

 家庭内であたしのことをまともに人間扱いしてくれたのも、可愛がってくれたのもおばあちゃんだけだった。

 そのおばあちゃんに、あんなひどい言葉を書き連ねたものは見せられなかった。

 あたしはその詩を書いた紙をあわててグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てた。

 当時はまだ学校でも習っていなかったから、知らなかったけれども、

『人間の尊厳の尊重』

というものを家庭内であたしに対してしてくれていたのは、祖母だけだった。

 かろうじて、あたしが人でいられたのは祖母のおかげだった。

 毎晩、眠っている妹の枕元に立っては、

「首を絞め、殺してやりたい!」

と思っていたあたしは、あともう一歩で殺人鬼になっていたところだった。

 めんこくない(北海道弁で『かわいくない』の意)妹が憎かった。

 両親に甘え可愛がられ、姉にはわがまま放題な末の妹は、あたしには憎ったらしいことばかり言ってきた。

 何をやってもあたしよりも優れている要領のいい一つ下の妹がいたものだから、よく母はあたしと出来のいい妹を比較して、あたしのダメっぷりをあげつらって妹たちと一緒にあたしのことを馬鹿にした。

「いなくなればいい!」

と思った。

 妹たちが憎かった。

 子供にだってプライドはある。

 それを踏み付けにされ、我慢の限界越えたら殺意を止められなくなる。

 それでも、食卓でそっとあたしのお皿に祖母が自分の分のお肉を乗せてくれるのがうれしかったから耐えられた。

 偏食の激しかったあたしの好きな食べ物はお肉だった。

 祖母は、他の孫にやることなく、あたしのお皿にしか自分の分のお肉を乗せなかった。

 祖母が一番可愛がってくれていたのは、間違いなくあたしだった。

 両親に可愛がられない不器用な長女だったあたしは、

「あたしは、おばあちゃんにだけは一番に愛されている」

という自信でもってかろうじてバランスを保っている状態だった。

 けれども、小二あたりからたびたび衝動的に学校内で自殺未遂騒動を起こすようになっていたあたしは情緒不安定にはなっていた。

 母に愚痴で祖母の悪口をたくさん聞かされるのが、おばあちゃん子のあたしには苦痛だったのだ。

 もちろん、祖母には母があたしに言ったことは言わなかった。

 言ってはならないことだと思ったから……。

 祖母が聞いたらショックであろうその内容は、祖母には決して聞かせられなかった。

 祖母はあたしに人の悪口など言わない人だったから、

「お母さんが言ったことは、おばあちゃんには絶対に言えない」

とあたしは子供ながらにそう思った。

 そんなあたしは自分自身は、

『生きること』

に執着出来なくなっていたくせして、

「おばあちゃん、長生きしてね。百まで生きてね」

と祖母に言い続けたのは、唯一無二のそれを無くすのが怖かったからなのかもしれない。

 あたしが正気で生きていくためには祖母の「無償の愛」が必要だってことに、あたしは狂う前から気づいていたのかもしれない。

 だけど、祖母は認知症が進行して、あたしが進学して札幌に行ってから、特別養護老人ホームに入れられ、入所中ひどい扱いを受け完全に寝たきり状態になってしまった。

 入所時は自力歩行も身の回りのことも自分で出来る状態だったのに……。

 それでも、祖母は頑張って八十歳まで生きてくれた。

 あたしは、祖母はあたしのために生きてくれたんだと思っている。

 祖母の死後、あたしは本当に狂ったから……。

 あたしは本当は治らぬ病を発症していた。

 昔は狂人として座敷牢に閉じ込められた時代もあったという、その病の名は躁うつ病という。

 札幌で昼間の仕事を辞めた時は「神経症」と診断されたが、あれは本当は躁うつ混合状態であったのではなかろうかと疑っている。

 一ヶ月の療養後、短期のバイトや派遣の仕事にちょっと行っては辞めを繰り返していた頃はうつ状態だった。

 いよいよお金に困ってSMバーで働くようになったあたりは、たぶん軽躁状態になっていて、周囲からは調子の良い元気な状態と思われていた。

 軽躁時のあたしは、明るく元気で、積極的で、頭の回転が速く、多弁である傾向にあり、水商売に向いている性質が前面に押し出されるからである。

 休まず仕事しても平気で、夜19時~朝4時までの営業を終え、帰って横になったら、朝の9時には近所の等価交換のパチンコ屋にいた。

 睡眠時間は、3、4時間程度。

 とにかく、部屋の中でじっとしてはいられなかったから、常に出歩いていた。

 その頃、彼氏には新しい合鍵は渡していなかったから、一人で好き勝手な生活をしていた。

 前の年に彼が、

「愛知県内の工場へ出稼ぎに行ってくる」

ということ以外は何も告げずに出稼ぎに行ってしまったのが面白くなくて、あたしはちょっとの間でも一人暮らししてみたいという友達に部屋を貸して、部屋の鍵を新しいものに付け替えてから長野県の松本市に短期の出稼ぎに出かけてしまったからだ。

 荷物もギターもシンセサイザーも預かったままでいたから、彼は札幌に戻ってきたら、あたしの部屋には必ず帰って来るとは思っていたけど、出稼ぎ中一度も電話の一本もかけてこなかったのが恨めしかった。

 連絡先がわからなかったから、喘息の発作起こしたりしてやしないかと心配に思っても、あたしからは連絡取りようがなかったから……。

 以前、彼氏のバンド仲間と付き合っていた女友達は、

「そんなもの捨てちゃえばいいのに」

と極めてドライな口調でそう言ったけれども、あたしは彼には大切なはずのギターもシンセも捨てられなかった。

 その頃は自分の才能のなさに絶望して断筆中であったとはいえ、妹からの手紙は捨てられても、自分の小説原稿は捨てられないなんて人種だったあたしには、音楽から離れることなど出来ない彼の大切な物を捨てるなんてことはとてもじゃないけど考えられなかった。

 当時、彼の親友はメジャーデビューして東京で音楽活動をしていた。

 東京に来るように彼を誘ってくれていたのに、家庭の事情などを考えると北海道を離れて東京へ思いきって行くことは出来ずにいた彼は、小遣い銭稼ぎにゴーストソングライターをしていた。

 友達に曲を作って欲しいと頼まれて、自分の名前が出ない曲を作っていた。

「東京行っちゃえば?」

じゃなくて、

「東京行くよ!」

とあたしは言うべきだったのかもしれない。

「食えなきゃ、あたしが食わせてやるから、行ってみよう!」

くらいの強引さでもって札幌から連れだしてしまえばよかったのかもしれない。

 札幌には、もう彼の良き友はいなかったし、正直言ってまともな友達は残っていなかったから……。  

 ある日、部屋に帰ってみたら、使えなくなった前の合鍵が玄関内に放り込まれていた。

 そのうち来るだろうと思っていたら、連絡なしで彼はふらりとやって来た。

 合鍵は渡さなかったから、それ以降は来る時は電話してから来るようになった。

 とりあえず、帰って来てからは男友達のところにいると聞いてはいたけれども、他の女のところにも行ってるんだろうなぁ…とは思ってはいた。

 けれども、休みも取らずに毎日仕事していたあたしは、マイペースで身勝手な彼に再び合鍵を渡す気にはなれなかった。

 連絡先も知らせずに出稼ぎに行き、帰ってくるまで電話一本かけてはこなかった彼を、あたしは許してはいなかったから……。(続く)

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