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【おしらせ】続編「楽園の蛇~裏切りのNEOS~」連載中!
「最近のオーナー怖くね?」
「そうだな…前から怖い人だとは思っていたが、あれは苛立ってるって感じだな。いつも冷静沈着にして残酷なあの人らしくない」
HEAVENS Cafeのボーイたちがそんなことをひそひそと話しているのを、Xは物陰から盗み聞きしていた。
「京介も京介だが、ジャニスも最近はジャニスらしくないな」
と小さくつぶやいたXは奥にあるモニタールームへと向かった。
ドアをそっと細く開けて、モニターをみつめながら無意識のうちに右手親指の爪を噛んでいるジャニスの姿を確認したXはため息をついた。
苛立った様子のジャニスが一人親指の爪を噛んでいる姿を見かけるようになったのは、京介があのウェディングドレス姿の死体をこの店…HEAVENS Cafeに運び込んで来てからだった。
京介が、
「ちぃ」
と呼んでいたあの女の死体は、今は特別室で冷凍保存されている。
そして、京介も死体と一緒にここ数日の間は特別室に籠り続けていた。
あの女の死体を背負って来た時の京介の様子は尋常ならざるものだった。
普段のあの自信家で抜け目のない京介とはまるで別人のようであった。
『京介さん・・完全に堕ちてますね・・・大丈夫でしょうか・・』
とあの日、Xがジャニスに言った時は、
『京介さんは・・・強いお人だ・・・、今はそっとしておくのがいいだろう・・・』
とジャニスも力なくそう答えたのだが…あの後からだった。ジャニスがその苛立ちをボーイたちにまで気づかれるほどに、いつもの冷静さを失ったのは……。
「ジャニスも不安なのだろう。京介のあの落ち込みようを見て、最悪の事態を危惧しているのかもしれない」
Xはあくまで親しい友人としてジャニスが京介を心配しているといった見方しかしていなかったが、それは正解ではなかった。
一方、ジャニスの方はというと、Xにのぞき見されていることにも気づかずに、ただただ物思いに耽っていた。
目の前の店内監視モニターは、視界には入ってはいるが、見てはいないような状態である。
『ジャニス・・・ 無理だとは思うが生き返らせることは出来ないか・・・』
と言った時の京介の様子をジャニスは思い出していた。
酷く落ち込んでいて、このままでは京介もあの女の後を追って、自殺してしまうのではないのだろうかと思われるほどだった。
今回の京介の件は、傀儡師が傀儡に取り込まれたというだけのことではないと、ジャニスは気づいていた。
そして、傀儡として利用するだけだったはずのあの女に、すっかり心奪われた様子の京介を見ることはジャニスにとってはとてもつらいこととなっていた。
親の財産や会社などをバックに持ち今の地位を得ているジャニスとは異なり、京介はふらりと関東へやって来てから自分の力で表社会の会社では昇進し、ある大きな企画を成功させたし、裏では傀儡師として何体もの傀儡を作り操りプランを進行させてきた。
実に見事な采配であったし、京介のそういう才能に惹かれているのだとジャニスは思っていた。
あれは「憧れ」に近い感情だと自己分析していたはずだった。
ところが、あの綾瀬千佳という女を「ちぃ」と呼びみつめる京介の愛おしそうな眼差しに気がついたあの瞬間、ジャニスは今までずっと隠し続けてきた自分のその感情の正体を知ってしまったのだった。
あの女に嫉妬していた。妬ましく思っていた。
あの女に優しく微笑みかける京介のその笑顔が、自分に向けられるものとは異なることに気がついた時、なぜか胸が痛んだ。
欲しいと思った。
あの女のポジションも……京介のあの優しい笑顔も、愛情も。
「たかが傀儡ごときに…」
嫉妬している自分に必死でジャニスは言い聞かせた。
自分の方が優秀であるし、京介の役に立っている。必要とされている。
あの女は傀儡のうちの一体に過ぎず、そのうち使い物にならなくなって廃棄することになる。
使い捨ての傀儡と、役に立つ優秀な友人。
京介がどちらをより必要としているかといえば、役に立つ優秀な友人の方に決まっている。
ジャニスはずっとそう自分に言い聞かせ続けてきたが、京介が「ちぃ」と呼ぶあの傀儡だけは、京介にとってもジャニスにとっても死んでも「特別」な存在だったのである。
「生き返らせたいほど、あの傀儡がよかったんですか?あの傀儡のどこがそんなによかったんですか?」
ジャニスは、京介に直接問い掛けることのない疑問を、無意識のうちに声に出してつぶやいていた。
まさかあの傀儡の保存を京介が望むとは思ってもみなかった。それは、ジャニスの誤算だった。
あの傀儡が壊れて廃棄になりさえすれば、傀儡などに「情け」だの「愛情」などを持つことのない以前の京介に戻ると信じていたから、ジャニスはわざと「千佳ドラッグ」の配合を不完全な…壊れてしまう傀儡になるような調合にしたのだった。
早くあの目障りな傀儡を廃棄処分にしてしまいたかったのである。
ところが、あの傀儡が死んでも、京介は生き返らせることを望んだ。
しかも、現代の医学や科学のレベルではそれは無理であるため、あの傀儡の死体をいつか生き返らせることが可能になる時代がやってくるまで保存することまで今の京介は望んでいる。
特別室で冷凍保存しているあの傀儡の側を、片時も離れようとしない京介の様子を見たジャニスはショックを受けた。
京介のことが心配で、時々ドアについている小窓から特別室内をのぞいて見てはいたが、京介はガラスケースの中で冷凍保存されているあの傀儡の死体をみつめ続け、時折り何か話しかけている様子で、ろくに眠ってもいないようだった。
ジャニスは、
「飲み物にこれを混ぜろ」
と京介の食事を特別室に運ばせていたXに指示して、睡眠導入剤と中途覚醒を防ぐタイプの睡眠薬の細粒を夕食に混入させて無理矢理京介を眠らせた。
やつれていく京介を見ていたくはなかったのである。
出せば食事は食べてくれるのが唯一の救いだった。けれども、残すことが多く、少量しか食べない京介に確実に効果の出る量の薬を飲ませるためには、飲み物に睡眠薬を混ぜるしかなかった。
ブラックのコーヒーだけは、毎回全部飲み干していたため、それに薬は混ぜさせた。
食事と睡眠さえ確保出来ていれば、とりあえず体は生かしておける。
しかし、生きる気力を失っている京介が復活することがあるのかはわからず、ジャニスもどこにぶつけたらいいのかわからない不安や焦りや苛立ちを抱え込んでいた。
「抜け殻などいらない」
そうつぶやいてみたものの、ギリッと噛みしめた爪はすっかり深爪になり、指先までも噛みしめてしまって血が滲んでいた。
一番欲しかった京介のあの強靭な魂までもあの傀儡は奪っていくのか?
「もう…こちら側へは呼び戻せないのか?」
苦悩している様子のジャニスのその悲痛なつぶやきはXにも聞こえていた。今までジャニスの様子をこっそりのぞき見していたXは一度ドアを閉めた。
コンコンというドアをノックする音にビクリとして、ジャニスは爪噛みをやめ素早く指先に滲んだ血をティッシュで拭った。
「京介さんの食事どうしますか?そろそろ運んでおきましょうか?」
とXはのぞき見に細く開けていたドアを一度閉めてノックをしてから、今来たばかりであるかのようにふるまって、そうジャニスに声をかけた。
「もう、そんな時間か…運べ。薬をコーヒーに混ぜるのは忘れるな」
ジャニスは右手首に巻かれているショパールの高級腕時計をさっと見て、時刻を確認するとそう言った。
「着替え…どうしますか?ちょっと臭ってきてるんですが」
とXが言うのを聞いて、ジャニスは眉間にしわを寄せた。
風呂にも入らず、着替えもせずに、もう数日間特別室に籠りっきりなのである。臭ってきても不思議はない。
だが、今の状態の京介を風呂に入れることは無理だろう。特別室から出ようとしないのだから……。
「後で、着替えを持って行く」
とジャニスはXに答えた。
モニタールームを出たジャニスは、
「出かけてくる。すぐに戻る」
とだけボーイに告げると、急いでデパートへと向かった。
閉店前にすべての買い物を済ませなければならない。
シャツとスラックスと、スウェットの上下、それと下着を迷うことなく即決で買った。
下着売り場のレジでは、黒いカードを会計に出したら店員が目を剥いたのを見て、ジャニスはニヤリと嗤った。
パンツと靴下を数枚買うのに、噂では戦車も買えるとまで言われているアメンボのブラックカードを出す客は普通はいないだろう。
京介の着替えを買いそろえて、HEAVENS Cafeに戻ったジャニスは、店の最奥にある特別室へと向かった。
夕食後、コーヒーに混入された睡眠薬のせいで眠気を感じてきている状態の京介は、あの傀儡の死体を保存しているガラスケースの前に座り込んでいた。
「ちぃ、俺は本当に悪い男なんや…おまえを騙して…利用した」
ジャニスが特別室に入っても、京介は眠気で朦朧とした状態で死体に話しかけ続けていた。
「俺と出会わなかったら、普通に幸せになれたはずだったのにな…ごめんな…ごめんな…でもな、途中から、かわいい、愛しい…ちぃのこと、そう思うようになったのは本当や」
京介がウェディングドレス姿の死体に向かってそう告白するのを聞いたジャニスは、顔面蒼白になっていた。デパートの買い物袋を握りしめた手は小刻みに震えている。
愛しい京介の口から直接そんな言葉は聞きたくはなかったジャニスは、冷凍保存中の死体を破壊してしまいたい衝動に駆られたが、その衝動は何とか抑え込んだ。そんなことをしても自分には何のメリットもない。京介に恨まれるといったデメリットくらいしか生じることはないだろうし、それは嫌だとジャニスは思った。
ジャニスは京介の側に行くと、
「京介さん、これに着替えて下さい」
といつもと同じ穏やかな口調で新しい下着とスウェットの上下を京介に手渡した。
これから眠るのだから、ラクな服装の方がいいだろうとスウェットの方を用意したのだった。
すんなり着替えてくれるかどうかはわからなかったが、いざとなったら眠ってから着替えさせることも考えていた。
Xが言う通り、京介は臭っていた。近寄ると汗と体臭と脂じみたような臭いがしたため、ジャニスは何が何でも着替えさせようと思った。ジャニスには、少々、潔癖気味なところがあったからである。
だから、京介や友人の佐原のように女の汚れた下着を見て触って臭いを嗅いで興奮するといったことはなかったし、むしろ、そういったものに対しては嫌悪感を感じる方であった。
女とセックスする時は先にシャワーは浴びて欲しいが、終わった時には自分の方が先に体を洗いたいと思う。
風呂は毎日シャワーではなく湯船に浸かるし、ジャニスのバスタイムの友である湯船にぷかぷか浮かんでいる黄色いあひるさんは、毎日オスバン液で消毒されていた。
ぼんやりしている様子ではあったが、京介はのろのろと着替え始めた。
睡眠導入剤の効き始めの朦朧としている状態であったのがよかったのかもしれない。言われるままに素直に着替え始めた。
ジャニスは京介が下着に手をかけた時、おもわず目をそらしてしまった。見たいような、見てはならないような複雑な心境に陥っていた。
結局、着替え終わるまで目をそらしたままでいたジャニスは、着替え終わった後、京介がごろんとその場に横になってしまったのを目の端にとらえて、
「眠ったようですね」
と小さくつぶやいた。
死体の保存されているガラスケースの前の床の上からソファーまで京介を運んで行き、毛布を掛けたらすぐに部屋から出て行くつもりだったジャニスは、
「おやすみなさい、京介さん」
と小声で言うとソファーから離れて行こうとした。
ところが、いきなり右腕を掴まれ引き倒されてジャニスは焦った。
目を閉じたままの京介の顔が至近距離にある。
それだけで、ジャニスの心拍数は一気にはね上がった。
しっかりと抱きしめられてしまい、今何が起きているのか理解出来ないまま、押しあてられた唇と伸びた無精ヒゲが肌に刺さって痛む感触を感じていた。
ジャニスは目を瞠ったままそれをただ受け入れるだけだった。
逃れたい気持ちと、このままでいたいような気持ち。
相反する想いと、このままでいたら自分はどうなってしまうのだろう?という疑問。
京介のことは好きだが、別に自分はゲイではない。女とは経験があっても、男とは経験はないわけで、このまま寝ぼけた京介に身をゆだねてしまうことには恐怖感すら感じた。
犯される側の立場になったことなどなかったから、京介が今まで女たちをどんな風に扱ってきたかなど、一緒に面白がりこそすれ、そういう風に自分が抱かれたら…といったことはまったく考えてみたこともなかった。
今までの京介のことを考えるとバックバージンの男を気遣うようなセックスなどするわけがなく、ましてや今は寝ぼけているわけであるから欲望のままにしたいようにするだけだろう。
ジャニスは京介の腕の中で凍りつきながらも、服の上から体をまさぐられ始めてこれから起きる可能性のある現実に愕然とした。
そんなことは望んではいないはずなのに、なぜか抵抗出来ずに深く口づけられ舌で口腔を犯され続けている自分も理解しがたいが、それでも拒めずにいたジャニスは、首筋を這い出した唇や舌が耳元までやってきても、嬲りだした京介のされるがままになっていて、うっかり感じてしまっていた。
しかし、
「ちぃ…」
と京介があの傀儡の名前を呼んだ瞬間、渾身の力を込めて京介の腕の中から逃れ出た。
「ハア、ハァ…ハァ……」
額に汗を浮かべ、息を乱していたジャニスの頬は紅潮していたし目は潤んでいた。
何事もなかったかのように眠ってしまった様子の京介に向って、
「身代りなんて、御免こうむりますから!」
と吐き捨てたジャニスは、頬を伝うものを手の甲で拭ってみて、自分が泣いていることに気づいて茫然とした。
そして、理解してしまった。
寝ぼけた京介にあの傀儡の身代りに抱かれそうになっていたのに、それに気づくまで拒めずにいた自分は、自分自身を求められることを望んでいたのではないかということを……
京介に必要とされることは、今までもジャニスの心の中ではかなりの割合の高さでもって占めていたが、まさかこんなことを自分が望むわけがないという否定はもはや出来なくなっていた。
けれども、ガラスケースの中の穏やかに微笑んでいるかのように見えるウェディングドレス姿の「ちぃ」の死体が視界に入った瞬間、心も体も急速にクールダウンしていくのをジャニスは感じた。
熱くなっていた身体も反応しかけていたイチモツも急速に冷め萎えていった。
あの女…「ちぃ」の身代りに抱かれることなど望んではいないことだけは確かだった。
皮肉なことに、あの傀儡はジャニスの京介への想いや迷いを堰き止めるストッパーとなった。「ちぃの身代り」を拒絶したジャニスは、その想いに封印をし、自制心や冷静さも取り戻していった。
そして…なぜかその次の日、京介は籠り続けていた特別室から出て来た。
完全復活ではないにしても、プランを遂行すべく再始動し始めた。
HEAVENS Cafeの最奥にある「特別室」と呼ばれている「天国にいちばん近い部屋」から京介が出た後こそが、真の地獄の黙示録の始まりだったのかもしれない。
十数年後、ジャニスが地方から東京へ連れて来た以前の京介とそっくりな眼差しと同じ名前を持つ少年に、なぜジャニスが忠誠をもって尽くすのかはX以外知る者はなかった。(Fin)
※このショートストーリーは、お友達の強者☆さんの「傀儡」という作品のキャラと設定お借りして菊池が妄想・捏造したML(メンズラブストーリー)であります。本編とこちらのBL解釈なストーリーはまったく関係ございませんし、実在人物ともまったく関係ございませんので、誤解のないようよろしくお願い致しますm(__)m
ただし、強者☆さんの「傀儡」本編を読むとよりこの作品の意味がわかりやすくなりますので、本編は是非お読みになってみて下さいね(^^)


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