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『鬼畜の戯言』菊池乱☆出版社の倒産により現在電子書籍配信ストップ中

秘密クラブからレンタルされる豊胸女装美少年レンタルドールシリーズ(SF/SM/BL/ML/JUNE/GID/女装/TS/etcな小説)言論と表現の自由を守ろう!不当なネット規制反対!不適切な規制は解除すべきです!!

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出版社の倒産により現在電子書籍の配信が休止となっております。報告のあったダウンロードのコミッションも私はまだ出版社から一円も受け取っておりません。お金よりも作品の公開権利のほうが大事なのでとりあえず担当の方に相談してみてから電子書籍以外での公開という形での作品の公開を再開したく思っております。

2015年12月24日

こねこ時計 ver.3

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女装癖&美少年Love・・・将軍様の許されなかった性癖 

今回は、古典ではなく歴史上の実在人物のお話です。

徳川三代将軍の家光さんは、実は、尼僧だったお万の方と出会わなかったら、男色一筋だったかも?というお方でした。

美少年のお小姓たちと一緒にお化粧して女のように着飾って踊っていたのを家臣に見咎められて、それはやめにしたのですが、ゲイの他にトランスベスタイト(服装倒錯)疑惑有りな将軍様でもあります。

女のように美しい美少年を愛した家光さんは、もしかすると自分自身もきれいになりたかったのかもしれません。

史実によると家光さんは色黒で目が細く「美しい」という形容とは縁のなさげなご面相だったそうです。

家光さん自身がなりたかったのは、周囲にはべらせていた女のように美しい美少年、あるいは母のお江与の方のように美しい女性だったのではないかと菊池は疑っております。

男色自体は古来から日本ではそれほど否定的ではなく、女人禁制のお寺ではお稚児さんと坊様の男色行為はOKだけど、女人と交わるのは罪とみなされ刑罰を与えられました。

院政時代あたりなんかは、研究者がうんざりするほど男色まみれな裏歴史が……。

戦国時代から江戸時代にかけては、武士はバイセクシャルも多かったのでは?

闘争心の強い男性は、性欲も強い傾向にあるわけで、有名な武将は側室の数も多く子沢山。

そういう武将は、女のいない戦場では美しい小姓を抱いて性欲処理していた模様。

ちなみに、一生涯独身を貫いた上杉謙信はなかなかの美男子なのですが、女性はまるでダメだったゲイ疑惑のあるお方です。

織田信長は森蘭丸の前には、加賀百万石の礎を築いた前田利家を寵愛していましたが、正室も側室も持ってましたし子供もたくさんおつくりになったバイセクシャルです。

武士道というものが絡んだ形で武士の「恥を知るための衆道(肉体関係有り)」やら師弟関係で肉体関係までは無いけれども師弟以上恋人未満?といった感じの男同士の公認カップルが出来あがる以前に、男同士で情を通じることはさほどタブー感がなかったようです。

ただし、将軍家におきましては世継ぎを作るという重大な使命があったため、男色ばかりではお世継ぎができませぬと周囲がやきもきして次々側室をあてがったりしたわけです。

家光さんは、お気に入りの側室お万の方との間には子供は出来ませんでしたが、お楽の方、お夏の方、お玉の方という側室にはそれぞれ男児をもうけており、なかなか効率の良い子作りをしております。

そして、お楽の方が産んだ長男家綱が四代将軍就任。

家光さんが亡くなってから落飾したお玉の方は桂昌院と名乗っていましたが、その子の綱吉は家綱に子がなかったことと次男の綱重が亡くなっていたため将軍に!

母のお玉の方もシンデレラガールでしたが、その子の綱吉さんもシンデレラボーイな将軍様なのでした。

男色に耽っていたため世継ぎの心配をされていた家光さんの実子は、かくして二代に渡って将軍になりました。

けれども、悪評高い「生類憐れみの令」で有名な犬公方綱吉さんは、女好きでしたが世継ぎをつくることは出来ませんでした。

実は、綱吉さんも男好きであったため若い頃は江戸城を抜け出して相手の男の家に通い逢い引きしていたのです。

家光さんと比べるとあまり世間様に知られていないようですが……。

やはり家光さんの子供、血は争えないということでしょうか?

綱吉さんの時代はまだ江戸城の規律もそれほど厳しくはなかったので、将軍様がお忍びで出かけることは可能でした。

家光さんと違って綱吉さんには春日の局のような存在もおりませんでしたから、わりとしたいように行動出来てしまっていたのかもしれません。

ただ、家臣の家に通っていた綱吉さんの場合は、実は受けくんだったのではなかろうかと菊池は疑っております。

将軍様攻め×美少年受けならまだ許されるような気もするのですが、将軍様受けで家臣に掘られてあんあん言わされちゃってたりしたら城内ではやりづらいですよね?

そんなことを妄想しながらお勉強してみたりすると日本史も楽しいもんですよ♪

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Posted on 2009/08/04 Tue. 23:39 [edit]

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